西郷の局物語「お愛さま」

西郷の局物語 「お愛さま」

西郷の局物語「お愛さま」表紙 石野茂子著

掛川市と掛川市観光協会の依頼で掛川市在住の作家石野茂子が執筆されました。
「西郷の局」の生涯を綴った物語冊子(冊1000円)です。
イラスト入り、女性目線で綴ったとっても読みやすい冊子です。
当ブログでは内容の一部をご紹介しております。
もっと知りたい場合は、掛川駅構内の観光協会、掛川市西郷地区センター、当HPのトップページからお求めください。

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郷土史家石野茂子さんが書かれた、西郷局物語「お愛さま」の一部を紹介します。

1、父 戸塚忠春

父 戸塚忠春

今から500年前、室町幕府足利義春に仕え上京しましたが、幕府の弱体化とともに郷里の掛川・西郷に戻り、足利一門の今川義元の家来として仕えた戸塚忠春という武士が住んでいました。
周囲に立派な塀をめぐらし、大きな屋敷を構えていることから地名が「構江」となりこの屋敷が「構江屋敷」と呼ばれるようになりました。

2、母 お貞

母 お貞

戸塚忠春は三河の国西郷の土豪、西郷正勝の娘であるお貞を後妻として迎えました。

3、お愛の誕生

お愛の誕生

天文21年(1552年)3月3日の節句の日、構江屋敷は朝からあわただしく人が出入りしていました。
御屋形様(戸塚忠春)は、仏間に正座しながら屋敷内にまつってある「いつき大菩薩様」に安産祈願をしました。
生まれてきた子供は「お愛」と名付けられました。
構江屋敷の跡には、今も往時からの井戸が残され、水をたたえてます。お愛さまの産湯に使われた井戸かもしれません。

4、お愛の成長

お愛の成長

お愛は構江屋敷のお姫様ですが、近所の子供たちと隔てなく育てられました。

5、父 戸塚忠治の死

父 戸塚忠治の死

お愛が3歳になった天文23年(1554年)9月11日、
今川義元に重用されていた父戸塚忠春は駿河の仮屋川(現在の富士市松岡)での武田信玄との戦いで、今川守備隊の陣頭で指揮して討ち死にしてしまいます。
この戦いには徳川家康も加わっており、その死を悼んで小刀で木片に戒名を掘ったという話が残っています。
亡骸は構江屋敷に運ばれ、近くの観音寺に葬られました。

6、構江屋敷の別れ

構江屋敷の別れ

父忠治の戦死(1554年)の2年後、お愛さまの母は、お愛さまを連れて東三河の実家(西郷家)に戻りました。

7、母(お貞)の再婚

母(お貞)の再婚

母の実家、東三河の月ケ谷城の西郷家は今川義元に従っていましたが、桶狭間の戦いで今川義元が死んでしまいます。お貞の父、西郷正勝は徳川家康に従うことにし、家康の指示でお貞は家康の家臣である服部正尚と再婚することになり、10歳のお愛さまも母に連れられ服部家に入りました。

8、養父、服部正尚

養父、服部正尚

服部正尚は伊賀忍者を統領しており、武術、薬物、医術の書物からお愛さまは多くのことを学びました。

9、お愛の結婚

お愛の結婚

お愛さまは17歳の時、五本松城の当主、西郷義勝に嫁ぎます。
義勝は戦場で兵士が負傷した時に備え城下に薬売りの行商を許可しており、お愛さまは漢方薬と漢学の知識を得ました。
お愛さまは先妻の子を育てつつ二人の子供を授かりましたが、義勝は戦死し結婚生活は3年で終わります。

10、愛と子供達

愛と子供達

3歳で父を亡くし、20歳で夫を亡くしたお愛さまですが、五本松城で子どもたちを育てながら過ごす日々か続きます。

11、西郡の局(にしごおりのつぼね)とお貞の方

西郡の局(にしごおりのつぼね)とお貞の方

お貞(お愛さまの母)は、夫である服部正尚に従い家康が築いた浜松城下に移り、家康公の側室のひとり、西郡の局(にしごおりのつぼね)の侍女として浜松城の奥に仕えました。

12、家康側室 お愛の方

家康側室 お愛の方

お貞(お愛さまの母)からお愛のことを知った西郡の局は、お愛と対面し気品ある聡明さと賢さと美貌に感心し、家康に側室として迎えることを勧めました。

13、西郷の局

西郷の局

1578年、家康37歳、お愛の方27歳、西郡の局に案内され、お愛は家康の側室となりました。その頃の家康は三方ヶ原の戦いなど苦難の時代です。
お愛は浜松城の台所を仕切り、戦で負傷した家臣の面倒をみたり、困窮者の支援をしました。

14、秀忠・忠義の誕生

秀忠・忠義の誕生

浜松城に上がって半年後、後の2代将軍秀忠公が、翌年には尾張藩主になる忠吉を生みます。

15、駿府城

駿府城

1588年、家康は浜松城から駿府城に移り、お愛の方も従いました。駿府においても、浜松城下と同じように生活に不自由している人たちの支援を行いました。

16、西郷の局の終焉

西郷の局の終焉

家康最愛の側室といわれ家臣や侍女から親しまれましたが、嫉妬や妬みもありました、出産後体力が回復せず1589年38歳の生涯を終えます。後に二代将軍となった秀忠は西郷の局の菩提寺を移し、壮大な大寺院宝台院を建立、戒名に宝台院を加えました。

西郷の局物語「お愛さま」 (石野茂子著、1000円)のお求めは下記からできます。

JR掛川駅構内 掛川市観光協会  TEL 0537-24-8711
しあわせ野菜畑 ネットショップ  https://www.at-ml.jp/74389/usces-list/

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